隠れて生きよ ~いのいぬ.com~

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアや哲学などについて書いてます

欲を手放したい

とりあえず、Twitterやクリプト周りはブロック+開くまでに時間がかかる拡張機能を入れてなるべく触らないようにした。

あとは死ぬだけ。

それでいい。

多くを求めず、あとは死ぬだけ。のらりくらり好きなことを適当にやってけばいい。

欲を満たしてもどうせ次がやってくる。

眼の前の事を淡々とやっていればいい。

ゆったり時間をかけて楽しめる事をやっていればいい。

自分が本当にほしいもの

最近、自分が本当にほしいもの、得たいものはナンなのだろうと考える。

正直わからない。

けど、学ぶ欲をぶつけるなら、画力と語彙力くらいかなぁと思う。

色々描ける事は楽しいし

語彙力があると、ものを考える時に便利になる。

あとは感情のコントロールがうまくなるらしいし、語彙力もちびちび蓄えたい。

これを楽しく磨くなら

ラジオ系メディアを聞きながら仕事してるのが良さそう。

ただ、浸りすぎても毒なので本を読んだり、たまには無音で過ごしたい。

コレも欲だ。

だから本当ならば手放してしまった方がいいのかもしれないけど

まだただ生きてるだけでいられるほど、自分は物事をそのまま受け入れられていない。

それに本当に捨てる時はいつか否応なしにやって来るのだから

焦らなくてもいいと思う。

焦る事もまた欲なのだろうから。

ふと我に返ると、あとは死ぬだけ

Twitter中毒を止めるためにブロックかけてて、ふと我に返る。

あとは死ぬだけ。

虚無感。

忙しいの反対は暇だと言うけど、

暇というより空虚な感覚。

求不得苦(ぐふとくく)

「求不得苦」…これは仏教語で得ようとしてるものが得られない苦しみのことだけど

そもそもこの世に得なければならないものなんてそもそも、生きるためのあれこれ以外は、無い。

お金もその手段でしかなく、必要以上には不要なものだ。

ただ人の欲や不安がそれを過剰にもとめているだけ。

すると

自分は一体なにがしたくて生きているのかと、空虚な気分になってくる。

生殖活動という本質

サルトルは、「実存は本質に先立つ」と説いた。

もとより人間にはその本質と呼べる役割がない。

文化がややこしくなり、多様になってきている。

つまりは生殖活動だけしていればOKだとは思えないのだろう。

もとより、僕はペシミストであり人生は苦であると考えているので反出生主義的な思想を持っている。

もちろん子供は可愛いし他人が作る事に対して思想を押し付けたりはしない、思想の押し付けはもっとも暴力的であると感じるからそれはしないが

自分で子供を作ろうとは思わない。

ならば動物としての本質は否定されている。

虚構で塗りつぶさなければならないが、その虚構もよく考えてみると不要であるというところに行き着かざるを得ない。

これはニヒリズムなのか、それとも、もう少し違う何かなのかはわからないけど

つまるところ、「あとは死ぬだけ」だ。

あとは死ぬだけならせめて、多少楽しくのらりくらりと生きたい

しかし、

それで終わればペシミストというより、ニヒリズムのネガティビストでしかない

できるだけ楽しいことを適当にやって

死ぬまで生きたい

あとは死ぬだけ

何をしていようが死ぬ

無用な事に時間や体力を使うより

少しでも楽しめる事を

効率も能率も無視して、のらりくらりと生きていたい。

お金のことなんて忘れてしまった方が幸せなのでは

クリプト周りのTwitter見てると

比較や焦燥感で稼がねばならない気分になってしまうんだけど

絵描きのTwitterに戻ると、推しがどうのとか、絵が流れてきたりとか、ゲームスクショが流れてきたりとか、とにかく楽しそう。

自分が優位であるとか、うまくいったとかそんな話してる人が全く居ない。

比較がない。まぁもちろん上手い下手で勝手に比較してしまう事が全く無いわけではないけど。

それでも、趣味ってすごいなって改めて思った。

お金がないから趣味ができない。だからお金を貯めようってのはわかるんだけど。

ただ貯めてるだけみたいなクリプト周りは、中毒なだけなのかもしれない。

わからないんだけど。

何が正解なのかは人それぞれだろうけど。

自分には合わないなと思ったりする。

難しいし。

やっぱ、お金の事なんて忘れて、趣味に没頭できるってのが一番なんだろうなぁ。

死ぬ時に楽しかったって思える生き方にお金は必要ないよなぁ。

とか思ったり。

不労所得って何があるんだろう

不労所得が欲しいという知人がいる。

Youtube動画を作ってたんだけどうまくいかず、+嫁さんがちょっとお怒りらしくどうしようとなってるんだとか。

不労所得って何があるんだろう

そもそも「不労」ってのが疑問が出るわけなので、あまりこの言葉がしっくりこないんだけど。

要は過去の労働が永続的に資産を産むみたいなのを、「不労所得」と一般的に呼ばれてるそうな。

つまりはパッシブインカムの事。

さて、ではそのパッシブインカムは何があるんだろう。

有りすぎて処理できないけど、過去に海外のインフォグラフらを読んでまとめてたのがあったので引っ張り出してきた。

  • 不動産収入/部屋を貸す
  • アフィリエイト/ブログやメルマガ
  • 株の配当
  • 株の長期運用
  • ロボアド(僕はおすすめしない⇛インデックスでよくない?派)
  • ソーシャルレンディング(最近あるんだろうか
  • オンライン講座/Youtube講座やUdemyかな
  • 印税や電子書籍販売/僕の本業はこれですね
  • Youtubeチャンネル
  • ドロップシッピング
  • アプリ開発
  • Webやアプリを購入/居抜き物件購入
  • 暗号通貨のマイニング
  • 車など、持ち物をレンタルに出す
  • コインランドリー経営
  • 自動販売機経営
  • 車に広告をつける
  • 不動産のクラファン(よくわからん)
  • サブスクサービスを作る
  • ビジネスコンサル
  • amazonやebayでものを売る(これ不労所得か?
  • 高利回りな貯蓄を利用(今だとクリプトのステーブル運用とかかな
  • プリントTシャツやグッズを売れ(SuzuriとかPixivFactoryとかかな)

カテゴライズとかしてないし、過去にまとめたやつをそのまま移したからぐちゃぐちゃだけどこんな感じ。

個人的に誰でもすぐできそうで、パッシブインカム感あるものは…

  • Youtube (エンタメは❌ 得意やノウハウ、HowTo)
  • アフィブログ(セールススキル必要
  • 電子書籍販売(自分のノウハウ等が売れる
  • マイニング(現在下落相場だからグラボが安価で手に入る。回復すると予想するなら有り
  • 株周り
  • 高利回り貯蓄
  • アプリ開発(プログラミングスキル必要

あたりかな。

スキルが必要なものももちろんあるけど。

形になるまでに時間はかかるとしても、今はわりとパッシブインカムを作りやすい時代だとは思ってる。

やる気と運があれば。

問題は運。

運だよ。全部。

結局は。

学ぶ姿勢は大事だし、小銭くらいなら努力で稼げるかもしれないけど

大当たりは運だし、生活出来るレベルも割りと運だと思う。

僕は漫画描きだけどほんと運がよかったと思ってる。もちろん努力はしたけど、僕以上に努力してうまくいかなかった人も沢山いると思ってるから僕の努力なんて大したことじゃないと思うし。

運は大事だ。これは左右できない。

だから、出来ることをやってダメなら諦めるしかない。

パッシブインカムは本当に必要なのか。

パッシブインカムって本当に必要なんだろうかと考えるのも大事かも。

例えば、FIRE思想で頭バグらせてた時に、僕は絵を描くのが楽しくなくなってた。

結局絵描いてるのがいいやって絵描きに戻ってきたわけだけど、それに気づくのに割りと時間がかかった。

お金はたしかに自由を作ってくれるけど、

自分が生きたいように生きる事は、お金より大事。

お金はそういうものまで狂わせてしまう。

パッシブインカムがなくても自分が生きたいように生きられてるならOKだ。

お金は結局言い訳でしかない。

カネがないから金ためてからミュージシャンになろうみたいな考え方のミュージシャンはいつまで立っても音楽で身を立てられないような気がする。

偏見かもしれないけど。

楽しいなら別にお金は微妙でもいいじゃないくらいでやってるのが一番いいんだろうけどねぇ。

この知人の場合

嫁子供がいるから、わいみたいな独身ペシミズムこじらせた世捨て人みたいな人間とは環境が違うので、なんとも言えない。

やはり他人と関わるとそれなりの不自由は許容しなければならない。共存とはそういうものだろうし。

むずかしやーですな。

「楽しい」がわからなくなったらどうするか

何が楽しくて生きているのかわからなくなったらどうすればいいのか

自分が何が楽しくて生きているのかわからなくなった時、どうすればいいのだろうか。

依存のチェック

なにかに依存していないか考えるのは大事だと思った。

依存は「楽しい」を狂わせてしまう。

欲しくもないものを欲しいと思ってしまう。

SNSはその筆頭で、何かを求めてるわけでもないのに開いてしまう。気をつけたほうがいい。

依存によってドーパミン受容体の反応がバグってしまうと、そもそも何も楽しくなくなる。

運動と食事の見直し

ジャンクフードも依存の一種なので気をつける方がいいと思う。

最近近所のパン屋がおいしいドーナツを作りやがるので厄介しているが、気をつけなければと思った。

また、SNS等のネットに依存している状態、その他の依存もそうだけど、何かに依存していると他の依存対象に手が伸びやすくなる。

うっかりジャンクフードを貯めてしまう前に、ギャンブルやネット、ゲームなどに過度に依存してしまっていないか自己診断してみた方がよさそう。

次に運動。

運動は依存から脱却する時にも使われるので適度な運動は日課にした方がよさそう。

また行動の置き換えにも使える。

SNSなどの依存は行動嗜癖と呼ばれる、物質ではなく行動を求める依存なので効果は高そうに思う。

SNS見たくなったら筋トレ。みたいな。

まぁ普段から筋トレ習慣の無い人には難しそうだけど、腿上げとかすればいいんじゃないだろうか。

過去好きだったものに浸る。

SNSYoutubeが流行り始めてから、漫画や映画を見る機会が減っているという人も少なくないと思う。

短時間で接種出来るものに偏るのは人の性なのだけど

これは短期的にドーパミンがどばるので、あまり良い娯楽ではない。

漫画や映画もあまり良い娯楽ではないけど、昔は楽しかったのに楽しめないならネットの短いメディアの刺激が強すぎて依存してるかも。

過去好きだったものが楽しめなくなるのも依存の兆候のようなので注意した方がよさそう。

依存から離れて過去好きだったものに浸る時間を作りたい。

短いコンテンツは楽しいけど、欠乏を生みやすいように思う。

そういう意味では小説はエンタメとしても、金銭的にもコスパ最強だしいいよなと改めて思う。

楽しいがわからなくなったら

依存を見直すのがやっぱりいちばん大事かなと思った。

依存は脳をバグらせる。

楽しさを感じないというより「もっともっと」となっているのではないだろうか。

最近の自分がそんな感じ。

メタ認知トレを習慣にしてたおかげで多少一旦俯瞰する力があるから気づけたけど

結構重度なネット依存になりかけてる。

気をつけよう。

短いものより、時間をかけて消化するものならなんでもいいと思う。

そうだなぁ。読書ってのはありきたりだけど

ガンプラ作るのとか、割りといいかも。アレ結構時間かかるし。

距離を起きたいので、お金との付き合い方を考えていきたいと思った

お金ってあんま意味なくなってきたねって話だったけど、お金と上手く付き合わないと結局時間食われてるよなぁと思った話。

独身で趣味に金がかからない

独身で趣味も読書と映画/アニメの動画鑑賞と筋トレ、みたいな自分にとって

お金はあまり意味を持たなくなってきている。

趣味でお金を使う事がない。

車やバイクが趣味ならお金もかかるだろうけど、今はインドア娯楽にとにかく金がかからなくなっている。

欲しいものは無くはないが、高いし買ったところで

欲しいものはNFTくらいだし、それも最近別になぁという感じになりつつある。そもそも本当に価値のあるNFTは高すぎて買う気力が保たない。

それに、買ったところでなんだというのか。

クリプトは、株はもう十分だけど不動産は買うの大変だから、代わりに資産を生み出す何かしらに…と思って調べていたので

結局はお金のための資産運用で、そもそもお金を使わないんだからNFTもいらないって事になる

3年後に死ぬし

その上、あと3年後には死ぬ予定だ。

これは削除した過去記事のエントリで書いたものだけど、だるすぎて後5年くらい生きようと思ってなんとか生きてたらもう二年ほどたったという話。実際死ぬかどうかはわからないけど。

とにかく先を見ていない。

あまり遠い未来を見るとメンタルを病むし

究極的には「今」しかないのが人の人生だ

先なんて知ったことではない。

「死」があると、そもそもの「資産を持つ」という事を覆すような話になってしまう。

これはさすがに極端すぎるかもしれない

目的のためのお金

僕の知人の友人は「やりたいことが出来た時のために溜めてる」

らしい。

しかし、やりたい事ってなんだろう状態の自分には関係がないし

やりたい事ができればそれから貯めてもいいと思う。貯めるのも楽しいだろうし。

何より、僕にとってやりたい事をやるために足りないものは、お金ではなく、「時間と勇気」だろう。

なんのために生きれば良いのか

なんのために生きれば良いのか、なんて事を考えていた事もあったけど。

人間なんて所詮散逸構造。自然現象でしかないのだから、意味なんて無いし目的も別に必要ない。

ただ朽ちるまでのらりくらりと面倒な事を交わして、好きな事をやってればいい。

依存は回避したい

ただ、依存は回避したい。

最近Twitter中毒がひどいからこれはやめたいと思う。

Twitterもクリプト系以外の絵描きツイッターの方はさほど中毒にならないから

お金について洗い直せば見る時間も減る気がする。

ボビー・オロゴン

最近知人と話をしていて「ボビー・オロゴンが家に帰ると株価チェックから始まるらしい、アレも依存なのか?」

と聞かれた。

行動嗜癖の話をしていたのだけど、ボビー・オロゴンは清貧生活をすればお金は不要なくらい持っていると思う。

行動嗜癖というより、お金への依存が根本だろうと思った。

しかし、これは現代人誰しもがもっているもので、厄介なものだが

僕自身、お金をもうちょっと哲学しないと本当にお金の依存からは脱却できないような気がする。

そのくらい本来存在しない欲求なのに、人間の文化に染み付いていて、当たり前にもとめてしまう麻薬みたいなものだろうと。

使うことがないのに、何故かうっかり追いかけてしまう。

本当に謎。

お金との距離感は難しい

本当に難しい。

お金は、人の心理を簡単に操作してしまうだけの力がある。

死やメンタルについては割りと多くの時間、考えてきたけど

お金についてはあまり考えてなかった。

とにかく心配がおきないように策を講じてはきたけど

「付き合い方」についてはあまり深く考えていなかったと思う。

それは、

FIRE目標が達成できれば自然に考えなくなるだろう

と思っていたからなんだけど

なんやかやでつきまとってきている。

むしろ、FIRE達成後の方がひどい。

FIRE資金に手をつけなければ、後は自由だから思い切ってやるか。みたいな事になって投資先を探したりしている。

Skebで絵を描いてれば食いっぱぐれないのに

つまり清貧思考でいきてればその必要はないのに、何故か動かす先を探しているし、それに時間を奪われている。

お金についての哲学を調べると「お金を稼ぐ哲学」が多くヒットするから「お金と距離を置く哲学」はあまり見つからない。

それこそ、釈迦らの哲学でも、欲の一つとしてざっくり語られているくらいで、深く掘ってくれているものに出会ってない気がする。

もう少し深く掘って、どうでもいいと思えるくらい距離がおけるようにならないと

本当の意味でセミリタイアもFIREも無いような気がする。

忘れて絵描いたりゲームしたりしてたいよねー。

メンタルに筋トレは効くのかわからないけど筋トレは大事だ

筋トレは大事だ

一時期メンタルに効くとか言われてたけど、根拠があるのかどうかはしらんしそんな事はどうでもいい

筋トレすると

そんな事がどうでもよくなる。

達成できたという感覚はすごく重要だ。

小さい事でもいい。

毎日スクワット5回やるぞ と決めてそれを達成できればそれだけで筋トレのメンタルへの効果は十分だ。

筋トレが効くというより、設定した行動を自分がやりきったという事実が大事なのだと思う。

食器洗いだろうが、洗濯だろうが掃除だろうがなんでもいい

何かをやったという事実が、自分を肯定するのだと思う。

SNSを観ていると何もしていない自分が出来上がるから、離れた方がいい。

不毛な謎のゲームをした後の感覚になる。

あぁ、自分は何をやっているのだろうと。

結局人間という存在は自然現象でしかなく、そもそも無意味なのだから何をやっても構わないのだけれど

人間それぞれに気質があるから、物事をどう捉えるかはなかなか簡単には変わらない。

だから、自分が「良い」と思う行動をやりきる事でしか自分を肯定することは出来ないのだと思う。

心理学は的な優位性は統計でしかない。

だから筋トレが効かない人もいるし効く人もいるだけのはなし。

自分が「これをやっている自分はいい感じだ」と思えるものなら、家事だろうが筋トレだろうが、ゲームだろうが勉強だろうが読書だろうが日記だろうがなんだろうが関係ない。

自分が良いと感じるものなら、なんだってやりきれば、メンタルには効く。

そういうものが何もないと、立っていられなくなるから、一つや2つ探しておけば良い。

無理な設定をせず。小さく一個ずつやる。

どうせいつかは死ぬんだから、無理してカッコつけずに、他人や統計を基準にせずに、自分が良いと思ったことをやりきる自分で居られたら、それで十分。

死にたい人に何を言っても無駄な理由

死にたい人は死にたいと思ってしまう気質に生まれていて

行きたい人は生きたいと思ってしまう気質に生まれている。

もとよりおそらく決まっている。

性格を変えるのは難しい。

根底に流れる何かが起因しているのではないかと思う。

もちろん。認知行動療法の類で軽減することは出来ても、根本的にそうなのだから変えようがないのだ。

受け入れるしか無い。

変えようと思えば苦しくなる。

受容の精神でのらりくらりと、死にたい思いを交わして行くしか、生きる術無い。

死にたいやつにイキロと言うのは、阪神ファンに「巨人を好きになれ」と言ってるようなもんだと思う。

「欲しい」という病の解決法

何かが欲しいと思うのは人の性なのだろう。

冷静に考えると無駄だよなと思うものばかりなのに、つい集めてしまう。

せいぜい、この世の中で本当の意味で必要になるものなんて消費物を除いては、基本的にお金で買えないものばかりだ。

それでも一時の快楽、欲求のために謎のあれこれを買ってしまう。

最近僕はよくわからんNFTを買う事を面白いと思ってしまっている。

解決方法はないのだろうかと考えた。

なにか欲しくなったら日用品を買え。

yuchrszk.blogspot.com

パレオさんとこの記事でこんなのあったと思って引っ張り出してきた。

高級品じゃなくて日用品を買う事でも買い物の満足度は得られるよ的な話。

最近は水買ってる。

水道水でええやんってなってたけど、2Lの水を集めてる。

安いし、持って帰る時にいい運動になる。

何よりNFTと違って飲める。

飲めるNFTは今ん所ないので、水の方が安いし飲めるので強いと思う。

ティッシュとかトイレットペーパーもいいと思う。けど、これは一回買うと割と買うタイミングがなかなか来ない。

水がベターな気がする。

いろんな水を買って集めてる。

衝動を満たす買い物なんて、なんでも良いんじゃなかろうかこんなの。

まぁでも。

本当のところは少し我慢できるスキルを身につける方がいいんだろうけど。

yuchrszk.blogspot.com

メンタル変な時には掃除が一番いい。

メンタル変な時には掃除、片付けが一番良さそう。

達成感を得られるし、

快適な状態になると気分もよくなる

達成感を得るってのはメンタルに非常に大事な事。

だけど現代は、行動に対しての達成感が得られない、いわゆる依存メディアが多い。

SNSはその代表。いくらスクロールしても何か得られるわけでもない、たまに面白い画像や動画が出てきて満足させられる(間欠効果)が基本は不毛な時間で、依存になりやすい。

パチンコ等のギャンブルと構造は同じ。

確実にとった行動に対して結果が得られる事をやる方がメンタルは健全でいられる。

部屋も片付くので一石二鳥。

筋トレもいいと思うけど、ハードルが高いから掃除片付けがいいと思う

部屋の掃除や片付け、食器洗いや洗濯

家事はメンタル鍛えるために効く。

だから母ちゃんは強いパターンが多いのかもしれない。シランケド。

時短家電とかよく聞くし、たしかに便利なんだろうけど。

メンタルに効くから食器くらいは自分で洗いたい。手放すのは逆にもったいない。

どうせ時間が空いたところでTwitter見て脳腐らせてるだけなんだから。

人生を変えたくない

FIREがはまらなかった理由がわかった気がする。

最近Twitter

会社やめたぞ! 人生変えるぞ!

みたいなツイートを見て

FIREってそもそも現状満足出来てない人がやる事だったんじゃないかという疑問が湧いた。

何かを求めると今が苦しくなる

仏教の四苦八苦の一つに「求不得苦」というのがある。

これは、求めているものが得られない苦しみ を指す言葉。

ショーペンハウアーも言っているけど、生きる意思バリバリで活動すると思い通りに行かない苦しみを得る事になると。

その逆は暇に苦しむのでどっちもどっちだけど、

僕は割りと 暇に苦しんでるタイプ。

刺激が欲しいと思いつつも、何かを目指すとまた苦しくなるからと微妙なラインを歩いてる。

ちょうどよく中庸を行ければいいのだろうけど、そこまで人間出来てないのでうまくは言ってない。

ただ、どちらかと言えば、何かを変えたいという意思より、今に満足してるタイプなので

そもそもFIREがはまらなかったのだろうと思う。

何かを変えたい人多いのかもしれないけど

これって一つの欲だよな

変えた後は、別の欲に悩まされる事になるよね。たぶん。

今に満足できないなら、満足なんて一生来ない。

とは言えど、何もせずに現状維持も問題だし。

バランスって難しい。

ただ、僕は僕なりに今の泥みたいな人生にそれなりの満足を覚えてるし

物事がお金で解決するとも思ってない。

足りないものは画力とか筋力とか語彙力や表現力や、英語力だったりするので

金で買えない。

だからFIREがはまらなかったのかもしれない。

わからんけど。

お金を集める精神的苦痛と価値観の乖離について。

クリプトTwitterをだらだら見てるとメンタルが悪化する事がわかった。

Twitterのせいか、クリプトのせいか、どっちかわかんないなーと思ってたけど

絵描き用のTwitterは観ててもメンタルおかしくならないから、クリプト、というかお金のせいだと思う。

坂井泉水さくらももこ の老後はなかった

坂井泉水さんは40歳で他界し、さくらももこさんは50代で他界した。

他にも 尊敬しているクリエイターで早くに他界している人は沢山いる。

彼、彼女らはお金を沢山もっていただろうけど

いわゆる「老後」は来なかった。

人生100年時代というけど、誰しも100年生きられるわけではない。

お金なんて今必要な分があればそれでいいのだと思う。

文字通りの「今」だと困るのだろうけど。

先を観すぎる事の弊害

「これをやっていれば儲かる」みたいなのが合わない。

哲学や心理療法周りで言われてる事だけど

「先を見すぎる」とメンタルを止む。

過去や未来というのは、多くの場合今何かできる事があるわけではないからメンタルがバグる。

どうにもならない事を考えていると頭がバグる。

未来は現在出来る事を切り分ける必要があるから、線引がややこしくなるけど、「過去」だとわかりやすい。

「あの時ああしていれば」は不毛だ。

考えていても何も出来ない事に思考リソースを割くと、何も前進しない時間が続く。

そんな事をしていたら、気が病んでも仕方ない。

お金を何に使うのか

これは折を見て考えている事だけど。

僕は失う事が嫌だから所有したくないという損な気質を持っているから

あまり、モノや人と関わりをもたないように生きている。

だからモノや近い人のために多くのお金を使う事はない。

生活費+毛が生えたくらいの出費しかしないし、

他人のためといえばせいぜい少額の寄付くらい。

ではお金はなんのためにあるのか。

おおよそ、自分の自由のためだと思っていた。

仕事をやめたり、自由に作品を作ったりしたいなぁと。

しかし、FIRE目標達成して気づいた事だけど

出版社と仕事をしようが、締め切りがあろうがなかろうが。

所詮これしかすることがないのだから、自由も不自由もなかった。

むしろ、描かなくなったらメンタルが悪化した。

今はSkebもやったりして原稿の空いてる時間ですら絵を描いてるけど

この方が安定する。

だから結局僕にとってお金を持つ事はあまり意味がなかったと思う。

本当に直近生きるお金があれば十分だった。

お金をなんのために貯めるのか

価値観は人それぞれだから、お金稼いで豪遊したいとか、車欲しいとかでかい家欲しいとか

人にはそれぞれあると思う。

それを否定するつもりは毛頭ない。

ただ、僕は清貧思考で、絵を描いて、筋トレして、独りで映画観たり本でも読んでれば十分な人間なので

これ以上お金に無用に時間を使うのは馬鹿らしいと想えてきた。

40代で死ぬ事もある。50代で死ぬ事もある。

お金より面白い事は沢山ある。

そして、それをやるためにお金の勉強をしていたんだったと改めて思い出した。

お金は手段だとよく言うけど

その手段としての役割もろくに果たしていない。

まぁ僕が使わなくても、ほとんどインデックスだから、企業が価値をアレしてくれると期待して

ペシミズムな絵描きとして駄文と絵を作る日常を

後何年生きる変わらない不毛な一生に捧げる。

余談

なんかhatenaをBraveで使ってるとエディタがガクガク動いて書きづらくなった。

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