隠れて生きよ

漫画描きが、漫画や絵の事、作品レビュー、セミリタイアや東洋思想中心に哲学などについて書いてます

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死別の方が独身の孤独よりヤバいと思う話。

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愛別離苦は釈迦が説いた四苦八苦の一つ。

求不得苦、求めるものを得られない苦しみでこれも同じく四苦八苦の一つ。

子供や結婚はやはり若いウチにしかできないので、後で欲しても難しくなる。求不得苦は尾を引く。

愛別離苦は愛する者や物との別れのことだけど、これも死別だとどうにもならない。尾を引く。

どちらも結局尾を引く。

受容せねば解決策はないが、その与えられた試練が段階的におとずれてくれるのは未婚の後悔の方だろうと思う。

死別は折り合いをつけるような長期的スパンで訪れてくれるわけではない。死という圧倒的不条理が突然その試練をスタートさせる。

「死にそうな状態」は準備期間にはなり得ない、むしろいらぬ希望を与えてくる。

「もしかしたらこのまま生きていてくれるんじゃないか」と。

スタートは紛れもなく死そのものであって、そこから苦痛が始まる。

既婚の死別と、未婚の後悔は、「苦しさ最大限からの試練」と、「ジワジワ上がってくる苦しさに対する試練」。

個人的にはどこかで折り合いがツケられるのは後者なんじゃないかと。知らんけど。

後者は、フォーカシングイリュージョン、認知バイアスで、いわゆる妄想に近いものだけど、

前者は物質的な喪失であって妄想ではないから、正直辛さは既婚の死別の方が大きいと思う。

ボクは独身だけど独身信者じゃない

とはいえ、ボクは別に独身論信者ではない。

原理主義的な思想や言動は、どんな哲学思想に置いてもクソいと思う。

人それぞれ好きにすればいいと思う。

ボクは独身な上に圧倒的にネガティブでペシミストなので、そんな中でも何かいい方法はないかと探してはいる。

だけど、結婚して乗り越えようとは思えない。

それは、やはり人と一緒にいる事の苦痛の方が大きいと感じてしまうからだ。

ボクは選択して孤独を歩んでいるけど、それでもやはり不安は多いのは事実である。

世の中は表裏一体、独りがいい事もあれば悪いこともあり、ボクは悪いことに目を向ける癖があるから悪いことばかり考える。

でも、それは結婚したとて同じだろう。友達が多かろうと同じだろう。

イケメンだろうが、億万長者だろうが、なんだろうが、変わらないだろう。

ボクはネガティブな事に目を向けて、自分で不安を煽って、不安におぼれて、そうやって生きているから

独身の方がいいよとかそんな話がしたいわけではない。

独身だろうが既婚だろうが、気の持ちようがすべてだろ、と思う。

そんな話。

既婚のメリットは子供なの?

ただ、子供が支えてくれるのかもしれませんけどね。それは独身にはずっと無いし。

ボクの恐怖は死が近づいた時の身体的、認知的な不自由が起こる事への恐怖が最も大きいので、そういう意味では世話をしてくれる人がいた方がいいんだろうけど

自分が親の介護を考えるだけでもうんざりするのに、そんなもの子供に背負わせようとは思えない。

我慢して独りで死にたい。我慢出来ずに悔し涙を流す事になろうとも、その後悔は正しい後悔だと思える人間になりたい。

ボクは生まれたことをよかったとあまり思えていない。

この世界は好きだけど、不安ばかりの毎日だから、子供は可愛いし好きだけど、同じような思いをさせたいとは思わない。

その選択肢を奪う事を悪とするなら、コンドームが悪魔のアイテムになってしまうし、セックスできる環境で子作りしないのは、存在していない子供の権利を奪っている罪に該当しなければロジックがなりたたない。

生まれていない子供の存在に対する主張は成立しないから半出生主義のマトリクスは、否定しようがない。

だからボクの選択は否定されないので、問題ない。

むしろ、介護のために子供を作る方がどうかしている。

関係ないけど水で薄めてはちみつ入れて、リンゴ酢飲んでる。うまい。

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